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水道民営化の源流~その8~

漂流か定住か 都市から始まる水の自主管理(後編) 
                                                                     山本喜浩

エピソード
スキャンする 箱詰め 持ち上げる 運ぶ 探し廻る つま先立ちで棚入れ またバーコードをスキャン・・・映画「ノマドランド」の60過ぎの主人公は生活費を稼ぐためクリスマスが近づいたアマゾンの巨大な倉庫(配送センター)で1日20キロ近くも歩き続ける過酷な労働に就いていました。
彼女が暮らしていたネバタ州の企業城下町エンパイアはリーマンショックの荒波を被って消滅、しかしエンパイアから100キロほど南に新たな企業城下町が忽然と生まれました。アマゾン城下町(注1)です。
社会のしがらみを逃れて車上生活者・ノマド(放浪者)の道を選びましたが、皮肉なことに、彼女は時給11.5ドルで現代を象徴する巨大企業に絡めとられて、1日10時間の単純労働に身を擦り減らします。
①アマゾン倉庫
(写真はスペイン・マドリッドにあるアマゾン配送センター。Wikiwand.comより)
「この邪悪な消費帝国め!」と、彼女は心で悪態をつき続けて2か月、アマゾンの繁忙期が終わると再び自由の身となり、放浪生活に欠かせない食費、発電用の軽油代、料理用のプロパン代、そしてガソリン代を懐に、200リットルの水と″大切な夢″をキャンピングカーに積み込み、再び砂漠に走りだしました。
②車去っていく
(写真は映画「ノマドランド」から)

リーマンショックの荒波で家を失った人々の支援活動を続けていたアダ・クラウ・バリャーヌが、2015年にバルセロナ初の女性市長に就任したこと。その活動の道筋には水をめぐる市民の粘り強い闘いがあったことを(前編)でお伝えしました。

バルセロナ水道の違法なサービス実態 
NGO「国境なき技術者団」のミリアム・プラナス(注2)のリポートによれば、バルセロナ市を含むカタルーニャ地方の人口70%にあたる560万人への水道事業はフランスの水メジャー・スエズ社の子会社「アグバー社」が取り仕切っていました。
2008年のリーマンショックは水道料金が払えない家庭を急増させます。アグバー社は料金滞納者の水道を容赦なく止めました。
バルセロナには住宅困窮者と水道を失った水困窮者の怒りが累積されていきます。
そんな2010年、人々の怒りに火を注ぐ事実が明るみにでました。市民が水道停止の不当性を訴えた裁判の過程で、アグバー社とバルセロナ市の間に運営に関する契約が存在しないことが判明したのです。なんと、アグバー社はなんの根拠もなく150年にわたりバルセロナ市の水道事業を占有していたわけです。
さらに「国境なき技術者団」の調査で水道料金のほぼ半分が株主配当や親会社スエズ社に吸い上げられていることも判明、また、バルセロナ近郊の17の自治体も運営契約が結ばれていないことも暴露されました。

怒れる若者たちが立ち上がる
おりからの不況、そして政府の無策とEUへの屈服により、若者の半数が職を失い家を追われ水道・電気難民に追いやられます。
“怒れる若者たち”は、2011年5月15日SNSの呼びかけに呼応。同時多発的にマドリッド、セビリアなど52の都市でデモを起し、都市の広場を占拠。バルセロナ市のカタルーニャ広場にはテントが続々と設営され、議論の輪が広がっていきます。
③広場
(カタルーニャ広場を占拠する若者のテント。エル・ムンド紙)
後に「15M運動(注3)と呼ばれたこの広場の占拠活動は従来の抗議デモとは大きく異なりました。
広場にはさまざまな作業部会が自主的に創設されます。
「インフラ・作業部会」ではテントスペースの配分や確保、寄付金集め、消防隊の設置。「法的問題・作業部会」では警察との交渉、広場占拠の法的根拠の確立。「対外関係・作業部会」では近隣住民との対話。他に「フェミニズム」「気候変動」「エネルギーの公共管理」「移民問題」「食料」などの多くの作業部会が創られます。「図書館・作業部会」では持ち寄った書籍で図書館が開かれました。
全員が参加する「総会」では、政党やイデオロギーを示す旗の撤去など広場のルールが決められます。
そして、もっとも重要な政府、既成政党、金融機関、グローバル企業、EU、IMFなどへの不服従を含めた闘い方については、全員の合意形成を目指して連日議論が重ねられます。広場における参加者の関係はあくまでフラットで、どのような少数意見も時間をかけて丁寧に議論されました。
この合意形成における民主主義の徹底は、それまでの左翼運動への批判をばねにしていますが、スペイン市民文化に浸透したアナーキストの闘争姿勢も大きく影響しているのでしょう。
④街のデモ
(1ヵ月後の6月19日、政府に不服従を訴える10万人のバルセロナ市民が街にあふれ出た。エル・ムンド紙)
このスペインから始まった「15M 運動」は、パリ、ベルリン、メキシコ、ブェノスアイレスと、またたくまに世界の都市に伝播していきます。世界の若者もまた職を失い、既成政党に失望していたからです。
9月にはニューヨークで「ウオール街を占拠せよ」運動となり、彼らの「We are the 99%(注4)のスローガンは世界中に響きわたりました。
話をバルセロナ水道に戻しましょう。

水・電力の市民管理を目指すバルセロナ市の挑戦
アグバー社のでたらめな水道事業に、水道の再公営化を求めるバルセロナ市民の声が日増しに高まります。
そんな2012年、あろうことか右派が多数を占めるバルセロナ市議会は契約不在を解消するために、上下水道サービスを行う新会社を設立。その85%の株をアグバー社に売り払ってしまったのです。
アグバー社は、この詐欺まがいの株式取得により、向こう35年間にわたりバルセロナ市の水道事業を合法的に継続できることになりました。
   カタルーニャ広場の占拠運動にもアドバイザーとして参加したトランスナショナル研究所の岸本聡子によれば(注5)、このアグバー社への株式譲渡事件が、バルセロナ市民に新たな地域市民政党の必要性を痛感させたそうです。市民の暮らしよりもグローバル企業の存続を優先させた市議会に、人々は計り知れない落胆と衝撃を受けたに違いありません。
これ以来、「2015年の地方選挙を、市民主体の地域政党を立ち上げて闘いたい」という声が高まり、「国境なき技術者団」「命の水市民連合」などが中核となり地域政党「バルセロナ・イン・コモン」が創設され、その延長線上にアダ・クラウ・バリャーヌ市長を誕生させました。(アダ・クラウに関しては本稿の前編を参照ください)
⑤左手をあげるクラウ
アダ・クラウ市政の特筆すべき点は、市政が市民運動と地続きに繋がっていることです。
住宅問題では、民間アパートを買いあげて公営アパートに転換、民泊施設の建築許可凍結、都市を乱開発から守るための新規ホテルの建設禁止など、すべて彼女がこれまで取り組んできた活動の延長線上にある施策でした。
電力に関しても、2018年にバルセロナ市は市民電力と連携してBE(バルセロナ・エネルギー)という非営利の電力供給会社を設立。それまでの電力大手との契約を解消。
BEは再生可能エネルギーで市庁舎、図書館などすべての市の建物、街灯、信号をまかない。2000年からは一般の2800世帯への電力供給も開始しているということです。
水道の再公営化に向けては、2016年に水道の再公営化に必要な調査開始の動議を賛成多数で可決。翌年、カタルーニャ州で水道の運営権をアグバー社から取り戻した自治体や再公営化を目指す自治体が連合して「カタルーニャ公営水道協会」を発足。
将来、高額の違約金を払ってでもアグバー社との契約を破棄できる下地を着実に築いています。
⑥水道局
(バルセロナ水道局のビル。地元で「座薬ビル」と呼ばれている)
なお、上下水道サービスの新会社が一般競争入札もないままアグバー社に85%の株を譲渡したのは違法だとの市民の提訴に、カタルーニャ州最高裁判所は2016年に市民勝訴の判決を下しました。しかし2019年12月、スペイン最高裁はカタルーニャ州最高裁判所の判決を覆し市民敗訴としています。
このように、国家とグローバル企業は“効率”と“成長”の2文字を接着剤に親和し、国家はグローバル企業の代弁者となり99%の人々を切り捨てます。

さて、アダ・クラウ市政が掲げた世界に向けての都市宣言があります。
Fearless Cities「恐れない都市」宣言です。なにを恐れないのでしょう。
① 政府、EU官僚、多国籍企業、マスメディアを恐れない。
② 難民の受け入れを恐れない。
③ 地域の民主主義を発展させることで制裁を受けることを恐れない。
この3つの「恐れない」の志をもつ世界の自治体に「フェアレス・シティ」の結成を呼び掛け、2017年の第1回「フェアレス・シティ会議」には世界から700人を超える参加者がバルセロナに集まりました。2020年現在で77の都市が連携を表明しているそうです。
水や電気という公共サービスを市民の自主管理の元におき、街づくりの第1歩と位置付けるバルセロナ市政は、21世紀のあるべき都市像を世界に指し示しているようです。

エピローグ
映画「ノマドランド」は、主人公がコックピットに孤独を乗せて荒野を走り続けるシーンでエンドロールが流れます。
しかし、映画「ノマドランド」の原作(注6)の主人公リンダ(実在の女性)には辿り着きたい終着地があり、そこに建てる“アースシップ”(注7)で人生を閉じることを永年にわたり夢みてきました。
アースシップとは、ソーラパネルで発電して貯水した雨水を循環使用、建材の工夫により冬暖かく夏涼しい、自作が可能な究極のエコハウスです。
リンダはアリゾナ州ダグラス近くのチワワ砂漠の西端に、5エーカー(6120坪)の土地を2500ドル(毎月200ドルの分割払い)で購入。
整池をすませたら、友人たちの手を借りて着工する予定です。たった独りのバルセロナを目指すかのように・・
⑦草原
(写真はリンダが購入した土地に近いチワワ砂漠西端の草原)


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(注1) アマゾン城下町:配送センターは地代の安い僻地に建てられる。アマゾンは全米で80万人
    を雇用。繁忙期には車上生活高齢者を大量に臨時雇用する。この春アラバマ州の配送セン
    ターで労働組合結成の賛否を問う従業員投票がおこなわれ、738票対1798票で組合結成は 
    否決された。バイデン政権は組合の弱体化が格差社会を助長したとしてアマゾンの組合結
    成に期待を寄せていたことが報じられている。
(注2) ミリアム・プラナス:「国境なき技術団カタルーニャ」と「カタルーニャ命の水市民連                  合」の主要メンバー。トランスナショナル研究所のHPに「スペイン、カタルーニャ地方
    で 民主的な公営水道を取り戻す市民運動の波」と題するリポートを寄せている。
(注3) 15M運動:5月「Majo」のMからの運動名。参加者は“怒れる人たち”「Indignados」と呼ば
   れた。運動の源流は1994年のメキシコ・チアバス州のサパティスタの反乱からとも言われ
   る。
(注4)We are the 99%:スローガンの起草者は文化人類学者のデヴィット・グレーバー。彼の著
   書「デモクラシー・プロジェクト」(木下ちがや訳2016年航思社刊)に広場占拠の経緯は詳
   しい。この占拠運動中に執筆した「負債論」(酒井隆史共訳2016年以文社刊)でグレーバー
   の名は世界が知ることとなった。
(注5)岸本聡子によれば:「水道、再び公営化!~欧州水の闘いから日本が学ぶこと~」集英社新
   書2020年刊。
(注6)ノマドランドの原作:ジェシカ・ブルーダー著「ノマド~漂流する高齢労働者たち~」鈴木
   素子訳2018年春秋社刊。車上生活者を3年間取材したルポルタージュで、白人中間層の没落
   をスライスした見事なリポートとなっている。主人公のリンダは映画にも出演。
(注7)アースシップ:米の建築家マイケル・レイノルズが1970年代に開発した環境住宅。古タイヤ
   や空き缶などの廃材を利用、住居の脱商品化を目指す。世界各地で建造され日本でも広まっ
   ている。
⑧美馬のアースシップ     
(徳島県美馬市に建てられたアースシップ。朝日新聞2021年3月12日)
https://www.asahi.com/articles/ASP3C7RXMP33PTLC00G.html

2021年6月22日記

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Tokyo no Mizu

Author:Tokyo no Mizu
プロフィル

東京都は水道水のほぼ60%を利根川水系・荒川水系に依存しています。
つまり、自給率はほぼ40%。こんな自給率で異常気象や大地震が引き起こす
災害に備えることが出来るのでしょか。
私たちは大変に危うい水行政の元で暮らしています。
これまで東京の河川・地下水の保全と有効利用をめざしてきた市民グループ、
首都圏のダム問題に取り組んできた市民グループらが結束して、
「東京の水連絡会」を設立しました。
私たちは身近な水源を大切にし、都民のための水行政を東京都に求めると同時に、
私たちの力でより良い改革を実践していきます。
東京の水環境を良くしようと考えている皆さま、私たちと共に歩み始めましょう。
2016年9月24日。        
                   
      

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