水を守る第4話 大井川の水返せ運動とオカシオ・コルテス~リニア中央新幹線そして石油パイプライン(米)との闘い~
- 2022/07/31
- 14:06
(毎秒2トンの湧き水が流失することが明らかになり、南アルプスのトンネル工事がストップしているリニア新幹線。 写真はSankeiBiz2016年10月28日)
これに対して、川勝静岡県知事は「関係者が血のにじむ努力をして出した約束(水利権)が、突然足蹴にされた感じ」と痛烈に批判しました。
「関係者が血のにじむ努力をして出した約束」とは、いかなることでしょう。
大井川の水返せ運動 半世紀を越える曲折
箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川、と豊かな水量を馬子唄に歌われていた大井川。戦後のダムラッシュで流れは寸断され、発電用ダムに多くの水を奪われて川はやせ細りました。
大井川水系には32ものダム・堰堤があります。(巻末にイラストマップ)
1960年代までに上流から田代・畑薙第一・畑薙第二・井川・奥泉・大井川・塩郷といった発電ダム・堰堤が連なり、支流には5つの発電ダム・堰堤が建設されました。
これらのダムや堰堤から取水された水は山中の送水管で下流の発電所に送られ、本来は河川を流れるはずの水が極端に減少していきます。
1961年塩郷ダム(注1)が完成。問題は赤裸々になりました。
塩郷ダムから下流20キロにわたり大井川が賽の河原のごとくに干上がったのです。この20キロ区間は美しく蛇行して「鵜山の七曲り」と称された景勝地でした。
流域住民から「水を返せ!」の叫び声が上がり、大井川の「水返せ運動」(注2)が始まります。
1975年、発電用水利権の更新期限を迎えた静岡県は、中部電力(塩郷ダム)と東京電力(田代ダム)に無水区間を解消するために毎秒2トンの水利権の返還を求めましたが、両社は要求を拒否!
流域住民の怒りは膨らみます。
本川根町・中川根町・川根町の3町(当時)は協議会を結成。静岡県に陳情書を提出するなど粘り強い闘いを展開。
1987年3月には住民が塩郷ダム直下の河原に集結、「水」の人文字を作って中部電力に抗議します。
2年後の2月には、大井川河川敷に1000人が集まり決起大会を開催。
1989年、世論の高まりを怖れた中部電力は住民の要求を受け入れ、「通年放流量毎秒3トン、農繁期放流量毎秒5トン」の水利権返還を表明。
塩郷ダムの下に流水が復活しました。
そして2005年、東京電力(田代ダム)の水利権更新が迫り、流域自治体は一部返還を求めます。
田代ダムは山梨県の富士川水系の早川に導水して発電しているために、国土交通省・静岡県・山梨県・大井川流域自治体、そして東京電力の5者による協議会が結成され、田代ダムの水利権問題に対処することとなりました。
この間にも大井川流域の住民は「水を返せ!」の署名運動や抗議集会を展開。
かたくなだった東京電力も毎秒0.43 ~1.49トンの放流を提示、流域自治体も納得して11月28日に交渉は妥結。
これによって、大井川の無水区間は解消しました。
これが、川勝知事が言う「関係者が血のにじむような努力をして出した約束」の結果です。このような経緯があるにもかかわらず、簡単に「田代ダムの水で補う」としたJR東海を知事は痛烈に批判したわけです。
リニア新幹線工事で毎秒2トンの水が奪われる、住民にとっていかに大変なことかも以上の経緯で理解できます。
(民主党予備選挙に出馬。地元のケーブルテレビに出演したAOC。ドキュメンタリー映画「レボリューション-米国議会に挑んだ女性たち-」より)
ニューヨーク市ブロンクスと小惑星23238
水の守り人・先住民スー族に触発されて政治家を志し、史上最年少28歳で下院議員となったアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(AOC)は、いかなる星の下に生まれたのでしょう。
AOCは1989年、ニューヨーク市ブロンクス区のカソリックの家庭に生まれました。ブロンクスは第2次大戦前の一時期はユダヤ人区で、禁酒法時代にはギャングが横行する街でしたが、戦後はプエルトリコの移民が多いヒスパニックの街となりました。そんな下町の住民であるAOCの両親もまたプエルトリコの出身です。
最近、ブロンクス名物がひとつ増えました。ヤンキー・スタジアムと並んで“あの階段”が観光名所に踊りでたのです。そうです映画「ジョーカー」の主人が殺人鬼として昂然と舞い降りるあの長い階段です。階段はアメリカの格差社会のシンボルでしょう。
(2019年の大ヒット映画「ジョーカー」、韓国映画「パラサイト」とアカデミーショーを争った。)
高校2年生のAOCは思ってもいない栄誉を獲得します。インテル国際学生科学フェアの微生物学分野に発表した小論文が受賞。これを記念して、国際天文学連合が小惑星23238を「オカシオ・コルテス」と名付けたのです。
星を授けられたAOCは2007年にボストン大学に進学。専攻は微生物とはほど遠い経済学でした。
バーテンダーとネイティブアメリカン
リーマンショックの不況が続く2011年、AOCはボストン大学を卒業後小さな出版社を立ち上げますが失敗。大学2年生の時に父親を亡くし、母親はスクールバスの運転手をして家計を支えていました。やむなく彼女はマンハッタンのタコス料理店でバーテンダーとして働きます。
そんな彼女がサウスダコタの石油パイプライン反対闘争に参加、そこで環境問題に関わる科学者や活動家から気候正義を学び、後のグリーンニューディール(GND)の提唱のヒントを得ます。
先住民・スー族は反対闘争と並行して、ソーラーパネル発電で電力の地産地消を計画していました。現在このソーラー発電はすでに稼働中で、この地は再生可能エネルギーのシンボルのひとつとなっているそうです。
さて、AOCはタコス料理店のバーテンダーからいきなり国政選挙に立候補したのでしょうか。そんなことはありません。
2016年、大統領予備選で民主党大統領候補・バーニー・サンダースの事務所で広報活動。
ミシガン州フリント市で起きた水道水鉛汚染問題(注3)を追及する市民運動に参加するなど、それなりの政治社会運動を経験して2018年6月の民主党下院議員の予備選挙に臨みました。
巨象に小さな蟻んこが立ち向かう、そんな構図としてニューヨーク州の第14選挙区をメディアは報道し始めます。なにしろ、14年間連続当選を重ねていた民主党重鎮ジョセフ・クローリー陣営の推薦者には、あのクオモ知事をはじめ民主党の大物がズラリと名を連ねています。
28歳、無名のコルテスはまさに蟻んこです。
しかし、6月26日開票の結果、蟻んこが大方のメディアの予想を覆して僅差で勝利。史上最年少の女性下院議員候補の誕生に、ニューヨーク・タイムズ紙は「アメリカ政治史上、最大の番狂わせ」と報じました。
世紀の番狂わせは、AOCを支持した若者たちが生活困窮者の多いブロンクスで民主党員の家を戸別訪問、地道に票を掘り起こした結果であることはもちろんです。
ところで、AOCは経済学のMMT論者(注4)としても高名です。GND政策で財源をどうするのかと大批判を浴びた際に、「政府の大幅な支出はMMTで大丈夫」と発言したことから、米国内にMMTに関する大論争が巻き起こり、この論争は未だ進行中です。

(積極財政派が結成した財政政策検討本部で演説する安倍元総理。2021年12月1日毎日新聞)
一方の日本、安倍元総理は2021年の年末、積極財政に重きを置きアベノミクスを継承する「財政政策検討本部」を結成。岸田政権にプレッシャーを掛けます。
凶弾に倒れるほぼ一ヵ月前には、岸田政権の「骨太の方針2022」(注5)に修正を迫り、「2025年度を目標に財政健全化に取り組む」の文言から「2025年度を目標に」を削り取らせました(注6)。
要するに、プライマリーバランスを重視した緊縮財政に走らないように岸田政権に釘を刺したのです。
この検討本部の本部長・西田昌司参院議員は、なんとMMT論者でした。
アベノミクスとMMT、そしてオカシオ・コルテスが巻き起こしたMMT論争、次回に紹介します。
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注1) 塩郷ダム:堰堤が3.2メートのため厳密には塩郷堰堤。ダムとは堰堤15m以上の構造物。
注2) 水返せ運動:概要をウイキペディア「大井川・再生への苦難」と静岡新聞の記事を参考にしている。
注3) 水道水鉛汚染問題:フリント市は隣のデトロイトから水道水を引いていたが、経費節減のため近くのフリント川に水源を変更。2014年この水道水が高濃度の鉛に汚染されていることが発覚。給水を受けていた市民は10万人。その57%が黒人であったため環境レイシズムと全米が騒然となった。少なくとも12人が死亡。被害は現在も拡大中と報じられている。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/flint-water-rick-snyder_jp_5ffe37f2c5b6c77d85eb0424
注4) MMT論者:MMTとはModern Money Theory(現代貨幣理論)の略。「自国通貨を発行できる国は、財政赤字を重ねても破綻することはない」とする経済学。日本では暴論、異端の経済学あつかいだが、米では活発にMMTが議論されている。
注5) 骨太の方針2022:岸田政権の「経済財政運営と改革の基本方針2022」のこと、「骨太の方針」は通称名。
注6) 「2025年度を目標に」は削り取らせました:朝日新聞7月12日号他各紙で報じられている。
2022・7・25記 文 山本喜浩
(掛川市作成のマップ。最上流部にある田代ダムが記載されていません)