水を守る第5話 MMTってなんだ? リニア中央新幹線そして石油パイプライン(米)との闘い
- 2022/08/20
- 23:16
その大批判に対するAOCの応えは、
「財源は赤字支出(国債)でまかなうことができる。MMT理論で大丈夫」でした。
このAOCの挑戦的な発言がきっかけで、2019年初頭からマスコミを表舞台に経済学者によるMMT論争が巻き起こりました。
その論争は米国から欧州へ、そして日本へと波紋を広げます。
MMT (Modern Money Theory)・現代貨幣理論(注1)とはいかなる経済学でしょうか?
財政赤字を重ねる政府はやがて破綻する・・は神話である
MMTは、自国通貨を持つ国が財政赤字を重ねても破綻することはないと断言しています。日本の政治家がよく口にする”財政健全化が何より大事”
とか、”プライマリー・バランスを守れ”というお題目は、まったくの神話に過ぎないというのです。
しかし、神話は分厚い壁に守られています。
「国はいくらでも借金できる・・!?」
「MMTって、“怪しい”んじゃない。」
「異端の経済学だよ」
巷はもとより、経済学者をはじめ各国政府の要人までもがMMTを一斉攻撃。日本の財務省も2019年4月に配布した「わが国財政の現状等について」というリポート(注2)の中でMMT批判をくり広げました。多分、MMTが不気味なんでしょう。
突然、降って沸いたかのように登場したMMTですが、実は由緒正しいケインズ経済学の一派です。経済学者の井上智洋氏によれば(注3)、MMTはポスト・ケインジアンと呼ばれてケインズ左派(資本主義に批判的)に位置するそうです。
貨幣はキーストロークで創造される
さて、<自国通貨を持つ国は財政赤字を重ねても破綻することはない>という論拠はどこからくるのでしょうか。
むかし昔、王様が小さな国を造りました。
王様は兵士たちの労をねぎらいご褒美をあげようとしましたが、あげるものがありません。そこで、
「これは、わたしの財産を担保にした債務証書です」と兵下たちに借用書を配りました。兵士はその借用書を持って市場に出向き、「これで食糧品を分けてください」と農夫に申しでました。
ちょっと目をぱちくりした農夫は「王様ですか、だったら信用しましょう」と借用書を受け取ってくれました。そして翌日、農夫はその借用書で漁師が捕った魚を手にいれました。
そんな風に、兵士たちの借用書が市場に出回ると、王様は新しく家臣を雇ったりお城を築いたりするたびに借用書を書きました。借用書には10とか50とか単位も書き添えられました。市場は借用書で活気づきます。
そんなある日、王様は借用書の権威を高めるのに税の徴収を思いつきました。それまでの物納以外に借用書を納めさせることにしたのです。
目をぱちくりした農夫は、「城壁を造って市場を守るから、借用書を100返せって言うんですか」と眉をひそめました。兵士は黙って槍尻でとんと床を叩きました。
こうして借用書の一部が王様に償還されるようになると、領域の住民は王様の借用書を大事に貯えるようになりました。
この借用書が後に貨幣(注4)と呼ばれるようになったそうです。とっぴんぱらり(おしまい)。
MMTの貨幣論のキモはこの昔噺のように、<貨幣とは国が発行する債務証書である>ということです。王様が借用書を発行すると王様の借金が増えます。王様は財政赤字を膨らませるわけです。それに反して、市場の人々の富は膨らみます。王様の赤字は人々の黒字というわけです。
王様は借用書を発行するのになんの制約も受けません。筆記すればよいのです。王様は現代では政府(中央銀行を含め)です。政府も貨幣の発行には制約はありません(国会での予算承認は必要ですが)。
10兆円でも20兆円でもPCのキーボードを叩くだけで貨幣は創造できます。貨幣は帳簿上の記載にすぎないからです。
なんて言われると、目をぱちくりして眉をひそめる人もいるでしょうね。
ここで、ちょっと日本の現状に立ち返ってみましょう。
みなさんご承知の通り、日本は1241兆円の財政赤字(2022年3月現在)です。債務残高のGDP比は250%を超える世界一の借金大国です。この20数年、このままだと日本は財政破綻すると言われ続けてきました。
破綻のシナリオはこうです。
インフレが加速、長期金利が上昇、国債価格が下落、円は海外投資家から売り浴びせられ、円と株は暴落、デフォルト(債務不履行)にいたる・・しかし、そうはなりませんでした。
日本はMMTを実証してしまった国と言われています。
王様は借用証を制約なく書けますが、乱発すると借用証の価値は下がります。政府もキーボードを叩けばいくらでも貨幣を創造できますが、叩きすぎるとインフレを招きます。では、どこまでキーを叩けるのでしょう?
日本は1241兆円も財政赤字が膨らむまでキーを叩きましたが、インフレは起きていません。というのが答えになりますが、正しくは
<自国通貨を持つ国は財政赤字を重ねることができる。ただし、過度なインフレが起きないあいだは>となります。
国の財源は税金が支えている・・は神話である
王様は人々に税を納めさせました。その目的は借用書の価値を高め流通を促すためでした。けっして税で王国を築こうとしたわけではありません。
<租税は国の財源ではない。租税は貨幣の流通を支え、貨幣を安定させるものである>
MMTでは税金は国の財源ではありません。租税の目的は大きく次の3つです。
1、王様の例で明らかのように貨幣の流通を促す。
2、インフレを抑えるための増税などで貨幣を安定させる。
3、累進課税などで富の不平等を是正する。
このように税は国の財源ではないのです。なぜなら国はキーストロークで制約なく財源を生み出せるからです。と言われても、まだ首をかしげる人が多いでしょう。税金が財源という神話を葬るのは大変なことです。
(ステファニー・ケルトン。 ニューヨーク州立大学教授。米上院予算委員会のチーフエコノミストやバーニー・サンダース議員の大統領選顧問を歴任するMMT の第一人者。写真はWikipedia)
AOCのグリーンニューディール政策の財源論を支えたのは経済学者のステファニー・ケルトンです。彼女はAOCを援護する形で、MMT論争の先頭に立って論陣を張りました。彼女の論戦はまさに神話との闘いです。
元財務長官のローレンス・サマーズやノーベル賞経済学者のポール・クル―グマンといったいわゆる“権威”が「MMT理論はハイパーインフレを引き起こす」「財政はいずれ黒字を目指さなければならない」とステファニーを激しく批判しました。
彼女にすれば、それらの反論はまさに神話そのものでした。
しかし現在、アメリカでは40年ぶりと言われるインフレに見舞われ、彼女のよって立つ論拠が揺さぶられているかのようです。日本も原油高と円安で物価が上昇してきました。MMTで大丈夫なのでしょうか。
次回はMMTの規範的理論となる完全雇用社会への提言部分、そしてステファニー・ケルトンから観た日本経済とMMT、更にMMTとアベノミクスの関係などを紹介する予定です。
今回掲載できなかったリニア中央新幹線についてもお伝えします。
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注1) 現代貨幣理論 : MMTのバイブルとされる、L・ランダル・レイ著「現代貨幣理論入門」島倉 原訳が2019年東洋経済新報社から刊行されています。邦題は入門とあるがMMT経済学の完璧なテキストです。本稿はこのテキストを参考にしています。
注2)「わが国財政の現状等について」というリポート: 財務省HP「財政制度等審議会 財政制度文科会 議事要旨等」2019・4・17
注3)井上智洋氏によれば: 井上智洋著「MMT 現代貨幣理論とは何か」講談社選書2019年刊、22ページ。
年刊。
注4)この借用書が後に貨幣と呼ばれる:中世のイングランドで流通した国王の借用証は木札の割符だったそうです。昔噺の王様が発行するのは手形、小切手、または契約書とも表記できますが、貨幣は負債であるというMMTの論旨に沿って“借用書”としました。
2022・8・20記 文責 山本喜浩