水を守る第6話 MMTとアベノミクス リニア中央新幹線そして米・石油パイプラインとの闘い
- 2022/09/06
- 14:52
リニア中央新幹線の工事現場周辺で 井戸水が涸れる
2022年8月19日の信濃毎日新聞によりますと、
長野県下伊那郡豊丘村で、昨年6月に掘削を始めたリニア中央新幹線の伊那山地トンネル(戸中・壬生沢工区)の作業用トンネル周辺で、少なくとも住民の3つの井戸水が涸れました。
3つの井戸はいずれも横井戸(斜面に水平に掘る井戸)でした。
60代男性の畑の脇にある古い横井戸が今年3月に水が止まり、先祖が明治時代に掘削したという70代女性の横井戸は、今年6月から水が涸れました。また別の70代男性の横井戸は、昨年6月下旬に作業用トンネルの掘削開始と前後して水が出なくなったそうです。
JR東海はこの3件の訴えに対し虹川の沢からホースで水を引いて対応しているとのことです。
実は、このような水涸れの被害は、1990年に始まったリニア実験線工事で頻繁に起きていました。
ジャーナリストの樫田秀樹氏によれば(注1)、大きな水涸れが3か所で起きました。
1994年、大月市朝日小沢地区の簡易水道の水源であった沢が涸れました。
2009年、笛吹市の1級河川「天川(てかわ)」が涸れ、ブドウやモモの栽培農家に不安が広がりました。
2011年には、上野原市秋山を流れる「棚の入沢」が涸れ、イワナやヤマメが泳いでいた清冽な沢は一滴の水もない草むらと化したそうです。
いずれのケースでもJR東海は補償金を払っていますが、20年とか30年の期限つきです。期限が切れた後は住民が自前で手当をしなければなりません。そしてなにより、消えた渓流魚は戻ってきません。
ルートの86%が地下走行のリニア新幹線は地下水脈を切断します。今後、工事が進むにつれ各地で水涸れ被害が頻発するでしょう。
安倍政権が3兆円の公費を投入、総額は9兆円を超える巨大事業ですが、問題は山積。膨大な残土処理、立ち退き問題、大深度地下工事による都市住宅地の陥没懸念、そして水涸れなど、住民の生活破壊、広範な環境破壊を引き起こしています。JR東海と国は立ち止まる勇気が必要です。
2019年4月4日参議院予算委員会でMMT論議
(西田昌司議員の質問に答える安倍元総理。動画あり(MMTの質疑は24分から)https://www.youtube.com/watch?v=FcT-KqWqOdo
議会ではオカシオ・コルテス下院議員、学会ではステファニー・ケルトン教授、2人の女性が点火したMMT論争はアメリカで炎上、日本にも飛び火しました。
2019年4月4日参議院予算委員会
質問に立った自民党の西田昌司参議院議員(注1)は、安倍総理に、
「日本は20年も前から巨額の政府債務を抱えているにもかかわらず、金利も物価もあがらない。これは、気づかないいうちにMMTに基づいた政策を行っているからではないか」と、MMTへの見解を問いました。これに対して安倍総理は、
「確かに、2012年にアベノミクスの原型である大胆な金融緩和について主張した時に『国債が暴落し、円も暴落する』と言われましたが、実際に国債の金利は(上がるどころか)下がったし、円も暴落したわけではない。MMTの理論通り、日本がデフォルトしていないのは事実であります。(中略)だからと言ってMMTの理論を実行したわけではない。財政再建は進めてまいりたい」と答えています。
この質疑から2年後の昨年12月、安倍元総理は積極財政派の拠点となる「財政政策検討本部(注2)」を自民党の政務調査会に立ち上げ、本部長に西田昌司議員を起用します。
検討本部は岸田政権と折衝を重ね、6月7日に閣議決定した骨太の方針にはアベノミクスの3本の矢を明記させ、「2025年までに財政健全化を目指す」とした期限の2025年を削除させました。
安倍元総理のアベノミクス継承への強い意欲が伺われます。
MMTを実証したと言われるアベノミクスとは
凶弾に倒れるまで安倍元総理がこだわったアベノミクス、はたしていかなる成果を残したのでしょう。
(黒田東彦・はるひこ日銀総裁nikkan-gendai.comより)
日銀が大量に国債を買い入れたため市中に資金があふれます。低金利とあふれた資金が円安を呼びました。円安により企業業績が上向き雇用が増加。顕著に表れたのは新卒の就職内定率の上昇でした。分かり易い経済指標とも言える新卒の内定率上昇はメディアが頻繁に取り上げます。
(大卒の就職率のグラフ。東大新聞より)
上のグラフを見てください。2008年のリーマンショックで落ち込み、第2の就職氷河期とも言われた下落が、リーマンショックからの回復と相まって、2013年から急上昇しています。若者へのインパクトは強烈でした。アベノミクスが救世主に映ったかもしれません。
この時始まった若年層の安倍支持は現在まで続いています。先月28日に朝日新聞の世論調査で、元総理の国葬に「賛成」は41%、「反対」が50%でした。ところが年代別でみると18~29歳では「賛成」64%、「反対」30%と、国葬に賛成が反対の倍以上です。
安倍政権は7年8ヶ月のあいだ6度の国政選挙をすべて勝利していますが、
若年層の支持がその勝因のひとつかもしれません。
それはさておき、雇用の改善など好調にスタートを切ったアベノミクスですが、2014年4月の消費税(5%から8%に)引き上げが好調な経済に水を差します。多くの経済学者が指摘する通り、安倍政権は量的緩和のアクセルと消費税のブレーキを同時に踏んでしまいました。
安倍政権で内閣官房参与を務めた浜田宏一(注4)氏(MMT理解者)は、政権ブレーンの殆どが引き上げに慎重だったが、最後は「財務省の説得力に打ち勝てなかった」と述懐しています。
財務省の説得に打ち勝てなかったのではなくて、安倍総理も“財政健全化”という神話を疑うことはできなかったのでしょう。ただし、こんな反省的な弁を検討本部で述べています(注4)。
「今から思えば消費税を5%から8%に上げる時に、もっと大胆な財政出動をしていれば良かったかもしれない。しかしPBの目標があるとなかなかそうしたことができない」。
当時PB(プライマリー・バランス)の黒字化の目標が2020年度に定められていて財政出動ができなかったというのです。岸田政権の骨太の方針から2025年の目標年を削らせたのは、こうした思いからでした。
政府支出の赤字は国民の黒字 アベノミクスの政府支出は・・
消費税の増税がアベノミクスにブレーキをかけ、更に財政出動を抑えて緊縮を維持します。消費増税と緊縮財政がデフレ脱却を困難にしたのです。
上の図、赤線が政府支出です。2020年にコロナ禍の一律給付金などで支出が突出していますが、安倍政権の2012~2019年は支出が横ばいです。しかも青線の税収は右肩上がりです。
浜田宏一氏と共に内閣官房参与を務めた藤井聡京都大学教授(MMT論者)は、安倍政権下でデフレが進行してしまった原因を自著(注5)で以下のように批判しています。
「2014年の消費増税によって(中略)10兆円以上もの税収増分を支出拡大に回さず、政府の財政赤字の削減に転用した。これによって、支出制御を通して10兆円もの民間貨幣を消失させた。」
更に、藤井聡氏は「日本のようにPB目標を掲げている主要先進国は皆無であり」、「この目標を死守し続ければ、日本は永遠にデフレ脱却ができない」とPB目標の撤廃を強く訴えています。
前回、王様の債務(赤字)は市場の人々の富。政府の債務(赤字)は国民の資産というお話しをしました。アベノミクスはデフレ脱却を謳いながら、PB神話に縛られて第二の矢(機動的な財政政策)を放てませんでした。結果、実質賃金は低空飛行に終始して、日本の長期低迷が続いてしまいました。
しかし、それなのに何故、安倍政権は6度の選挙に勝利したのでしょう?
アベノミクスの円安は現在の物価高の一因でもあります。MMTにどんな処方箋があるのでしょう? 次稿に続きます。
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注1)ジャーナリストの樫田秀樹氏によれば:樫田秀樹著「リニア新幹線が不可能な7つの理由」岩波ブックレット2017年刊。
注2)西田昌司参議院議員・自民:自民党のMMT論者で名高い。京都府選出、自民党税制調査会幹事。安倍総理との質疑の動画は以下のURLで観られます。(24分~37分にかけて)
https://www.youtube.com/watch?v=FcT-KqWqOdo
注3)財政政策検討本部:安倍元総理が立ち上げた「検討本部」に対抗して、岸田総理は「財政健全化推進本部」を設置。最高顧問に麻生太郎、本部長に額賀福志郎を起用。両者で骨太の方針をめぐって激論が交わされた。
注4)リフレ派でかため:金融の量的緩和で経済浮上を目指す人事で日銀を抑え込みました。
注5)浜田宏一:米イエール大学名誉教授、専門は経済学のゲーム理論、MMT理解者。アベノミクスの主導ブレーンを務める。
注6)検討本部でふるっています:ジャーナリスト軽部謙介氏の記事「どうなる?日銀総裁人事」文芸春秋2022年9月号より。
注7)藤井聡・・デフレが進行した原因を自著:藤井聡著「MMTによる令和新経済論」晶文社2019年刊202ページ。
京大教授の藤井聡はMMT論者。専門は土木工学・社会工学。2012~18年まで安倍政権で内閣官房参与。2019年の消費税引き上げに反対して参与を辞任。国土強靭化政策の原案者でもある。