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防災井戸探検隊  その1~東京の防災井戸はミステリーである~ 探検隊員 湖太郎                    

①杉並区の赤プレート159kb

防災井戸探検隊 初出動 
メガシティ東京の防災のありようを井戸から掘り下げる探検である

「はい」と静かな声。

「すみません。同じ町内の3丁目24番地の湖太郎という者ですが、おたくさまの防災井戸のことで、伺ったのですが」
「防災井戸、 ・・・・ちょっとお待ちください」
インターホンに設置されているカメラのレンズに向けて、ぼくは思わず頭をさげた。
あきらかに、ちょっとお待ちくださいの前の・・・沈黙には、こちらを訝る様子がうかがえる。ぼくは緊張した。
この日、2018年9月9日(日曜日)防災井戸探検隊の初出動の記念日である。ハレの日である。出足からつまずきたくはない。門扉の前で待つこと20秒。
瀟洒な邸宅の玄関が開いて、品の良い40代の女性が手入れの行き届いた庭木に囲まれた石畳を渡ってきた。
「どういうことでしょうか?」
「裏庭にある井戸は杉並区との協定井戸ですよね」
「先代が、そうしたようですが、私にはよくわかりません」
「ちょっと、見せていだけますか」
「そうですか・・小さい子供が来ていますので、じゃ見るだけでしたら、裏に回ってください」
ぼくは角地の家の外を回って、裏の通用口から裏庭に入れてもらった。
井戸は1メートルほど掘り下げられて、手押しポンプが設置されている。
「この井戸は、いつ頃掘ったんでしょうか?」
「さあぁ・・」
女性の口調は長居は迷惑だと言っている。ぼくは写真を一枚撮らせてもらうと「すみませんでした。お邪魔しました」と急いで通用口を出た。

②宇田川さんちの井戸89kb

女性が迷惑がるのは当然である。近所の者だというだけで、いきなり見ず知らずの人間がやってきて、井戸を見せて欲しいと言われたら当惑する。

反省!! ひとつ、探検隊員は怪しまれないことを旨とすべし。必ず本人確認を訪問先の相手にしてもらうこと! 
しかし、どのように!? 運転免許証を提示する、変だよな。住民票を取り寄せる、余計に変だよな。どうしよう。

2軒目のために名刺を用意した

ぼくの家から10分ほど歩いた2軒目の家は屋根に日本瓦を載せた立派な家だった。和服の女性が急ぎ足で門扉までやってきた。50代だろうか、立ち姿に気品が漂う。
「今ねえ、お稽古の最中なのよ。防災井戸をどうなさるの?」
ぼくは用意してきた名刺を差し出した。東京の水連絡会を明記した名刺である。以前に造ったお手製の名刺を急遽プリントアウトしてきたのだ。
「東京の水・・はぁん。で、何をお聞きになりたいの?」
「井戸を見せていただいて、いろいろお聞きしたいのですが」
「とにかく今は無理ね。お弟子さん待たせているから、ほかの井戸を当たってちょうだい、ねえ。それか、詳しいことは区の防災課に行ってお聞きになって、ごめんなさいね」と、会の趣旨を説明する間もなく立ち去ってしまった。

反省!! ひとつ、訪問先の都合を最優先することを旨とすべし。探検隊員は日曜日といえども忙しい人がいることを忘れてはいけない。
しかし、訪問先の都合をどのように知ることができるのだろうか?

この日は北海道胆振(いぶり)東部地震が起きてから3日後である。ニュース映像で被災者が生活用水を求めて給水車に列を作るのを観たばかりだ。

③胆振地震・給水車76kb
(北海道の安平町で給水車に列を作る町民。苫小牧民報より)

ついでに書くが、首都直下型地震の起きる確率は、政府の地質調査委員会によれば、2015年から30年間に(2045年までに)46%である。この46%という数字をどう受け止めるかは人によって違うだろうが、私たちは相当に危うい地盤の上で生活を営んでいることだけは確かである。
そしてもしもの時、生活用水を供給できる防災井戸が大事なことも確かである。

防災井戸を探すのは 簡単そうで難しい

ぼくの家から徒歩12分圏内に杉並区と協定を結んだ7つの防災井戸がある。
場所を探すのは簡単だ。パソコンかスマホを操れる区民なら簡単に調べられる。
杉並区のホームページ「すぎナビ」防災マップがあり、その防災マップのサイドバーにある「震災時の井戸協力の家」にチェックを入れると、
マップ上に赤丸に囲まれた「井戸」のマークが表示される。マップを拡大すると宅地の形から個人宅が特定できるのだ。

④災害時の井戸協力の家156kb
(防災マップの左段にあるチェックリスト。震災時の井戸協力の家にチェックを入れると下段のように表示される)
⑤阿佐ヶ谷駅近くの井戸マップ207kb
(杉並区には356基の生活用水〔飲料水ではない〕の協定防災井戸がある。以前は600基を超えていたが年々減ってきて、新しい登録者は少ないそうだ。他に、小中学校に65基、区の保健所などに34基の生活用水の井戸を杉並区は保有している)

ただし、区が印刷した防災地図には防災井戸は記載されていない。パソコンもスマホも使わない高齢者には探しようがないというわけだ。 それでも杉並区は“格別”に親切である。
みなさんがお住まいの地域で防災マップから防災井戸をネットで調べて欲しい。まず、みつからないだろう。
お隣の中野区には390基、その隣の新宿区にも100基ほどの協定井戸がある。しかし両区ともウエブ上のマップにも紙のマップにも協定井戸は掲載されていない。
区民は自分の家の近所に防災井戸があることさえ知ることができない。できないと、言い切ったのはちょっと間違っていた。
ひとつ方法はある。下の写真のプレートを探してご近所を虱潰しに歩きまわると、運がよければ見つけられるかもしれない。

⑥中野区のプレート79kb
⑦新宿区役所にあったプレート 97kb

東京の防災井戸は不思議な存在だ。ババ抜きのババのように、またはアガサクリスティのミステリーの真犯人のように巧妙に隠されている。まるで厄介者でもあるかのうように。
そう、厄介者なのだ。いざとなったらお宝水源だが、普段は厄介者のように扱われているのが東京の防災井戸である。その理由を、あなたはもう薄々気が付いるはずだ。あなたはエルキュール・ポワロなのだから。

6軒目にたどり着いた古い井戸

3軒目は家人が不在4軒目と5軒目はどこにも井戸らしきものも無ければ頼みのプレートも見当たらない。細い路地を抜け庭をのぞき込んでいると犬に吠えられた。
ひょっとすると、この探検はアマゾンの奥地で湧き水を探すのより難しいんじゃないかなどと、すっかり弱気になったぼくの疲れた顔がロードミラーに映ったのを見て、思いっきり「あかんべい」をしてやった。

幹線道路から細い横道に50メートルほど入った一郭に、目指す6軒目の家があった。
古い木造平屋で南に面した広い庭には立派な植木が整えられている。
開け放された玄関先の片隅に古い手押しポンプが見える。裏庭への通用口の脇には縁が欠けた「杉並区のプレート」が貼ってあった。

⑧石崎さんの崩れそうなプレート -110kb

⑨あった!井戸 146kb

玄関のブザーを押すと、曇りガラスをはめ込んだ引き戸を開けて家主が出てきた。家主は高齢な方だった。挨拶をして名刺を渡し趣旨を説明すると、
「いや、どうもどうもご苦労さんです」とはじめて探検隊員は歓迎されたのだった。
「この井戸ねえ、おやじがここに引っ越して来たときに、もう有ったんですよ。ここへ越してきたのは昭和10年代ですから、もうかれこれ80年はたつんじゃないですかな。井戸を掘ったのは多分、もっと前で関東大震災のあとかもしれないね。水、出してみましょうか」と家主がひと押しすると、勢いよく水が沸き出た。

⑩石崎さんがポンプを押すと 184kb

最初のひと押しの水は濁っていたが、すぐに澄んだ水に変わった。ぼくもポンプを押してみた。軽い! 浅井戸だ。井戸の深さを伺うと、奥さんが出てきていて、家主の代わりに答えてくれた。
「この前、ポンプの具合が悪くなってね、調べてもらったんですよ。この井戸5メートルだそうです。井戸の業者が、この井戸の地下水は豊かだなぁって言ってましたね。そうですね、修理は7~8年に一回はしてますね。植木の水やりに使うのと、これ、協定井戸でしょう。なんかあった時に出なかったらご近所に申し訳ないじゃないですか。まあ、なんかあったら困るんですけどね」と、奥さんは笑った。
ぼくも嬉しくなって笑った。

探検隊員を募集
この防災井戸探検隊は長期連載を目指しています。テーマはメガシティ東京の防災のありようと地域社会での防災の在り方を井戸を中心に掘り下げていきます。
ご一緒に探検する隊員を募集します。国籍・資産の有無・年齢性別を問いません。ただし好奇心の強い人を希望します。
当サイトの「問い合わせ窓口」からお申し込みください。
                    2018・10・01記 湖太郎


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プロフィール

Tokyo no Mizu

Author:Tokyo no Mizu
プロフィル

東京都は水道水のほぼ60%を利根川水系・荒川水系に依存しています。
つまり、自給率はほぼ40%。こんな自給率で異常気象や大地震が引き起こす
災害に備えることが出来るのでしょか。
私たちは大変に危うい水行政の元で暮らしています。
これまで東京の河川・地下水の保全と有効利用をめざしてきた市民グループ、
首都圏のダム問題に取り組んできた市民グループらが結束して、
「東京の水連絡会」を設立しました。
私たちは身近な水源を大切にし、都民のための水行政を東京都に求めると同時に、
私たちの力でより良い改革を実践していきます。
東京の水環境を良くしようと考えている皆さま、私たちと共に歩み始めましょう。
2016年9月24日。        
                   
      

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