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水道民営化の源流 その4

未来のすべてを決める対決―「すべてを民主化しろ」VS「すべてを商品化しろ」 
権力者の好きなのは「すべての商品化」だ。世界の問題を解決するには、労働力と土地と機械と環境の商品化を加速し広めるしかない、と彼らは云う。
反対に、ぼくがこの本(注1)を通じて主張してきたのが「すべての民主化」だ。                                                     ~ヤニス・バルファキス 元ギリシャ財務大臣~

ヨーロッパで起きている水道民営化の怖い話 
~ギリシャ編~ 
                山本喜浩

 自己責任と効率化という惹句を両手にさげて、新自由主義という名の怪物が世界をのし歩いています。南米のボリビアでは、世界銀行とタックを組んだ水メジャーが水道民営化を迫り、コチャバンバの市民が立ち上がりました。
 ヨーロッパでも同じことが起きています。
「お金を貸しましょう。そのかわり福祉なんか止めるのです。効率の悪い公営事業は民営化するしかないでしょう」と、トロイカがEU諸国に迫ります。トロイカとはEU(欧州)委員会、ECB(欧州中央銀行)、IMF(国際通貨基金)の3つの機関のことです。この3つの機関がEU諸国を操る権力です。

ギリシャ危機が急進左翼・シリザを第一党に 

2008年のリーマンショックで世界が動揺、そんなさなかに起きたギリシャ危機を覚えていますか。
①パルテノン神殿
(写真はパルテノン神殿)
 2009年10月、ギリシャの巨大な財政赤字が露見しました。ユーロ諸国は対GDP比3%以内に財政赤字を抑えることを義務付けられていますが、ギリシャの財政赤字は12%を超えていたのです。しかも2001年、ユーロに加盟した時点ですでに財政赤字は4%を超えていました。日本の厚労省もビックリ、なんと政府ぐるみで国家財政を粉飾決算していたのです。
 衝撃が世界に走ります。ギリシャのユーログループ離脱がEU崩壊の引き金に? 疑念は広がり世界の金融市場が混乱しました。
さらに驚いたことには、この粉飾決算の間にギリシャは世界中から金を借りまくり、自国の福祉財源などに当てていたというのです。ユーロを支えるドイツ国民は怒りました。怠け者でずる賢いギリシャを許すな! 世界のメディアがギリシャ国民性悪説を振り撒きます。
 みなさんはこんなギリシャをどう思いますか? ぼくは正直言って笑いました。人口1000万の小国ギリシャってやつは・・・です。
 ドイツを中心としたユーログループはギリシャに対して、2010年に第一次支援で約11兆円、2012年に約13兆円の第2次支援に踏み切りました。ユーログループはギリシャの離脱を堰き止めたかったのです。なぜならギリシャの後にはスペイン、ポルトガル、アイルランドそしてイタリアが財政危機にあえいでいました。ギリシャが倒れるとユーロのドミノ倒しが待っていたからです。
②反緊縮デモ集会
(写真はアテネの反緊縮デモ集会)
 ギリシャは2度の支援策によって緊縮財政を強いられデフレ不況の借金監獄に放りこまれました。ギリシャ市民の年金は削られ、公務員は失職、中小企業は倒産。若者の失業者は50%にも達し、街にはホームレスがあふれ出します。
ギリシャ市民の怒りは沸点を越えました。
 2015年1月25日。ギリシャ総選挙で“反緊縮”を訴え続けた野党・シリザ(急進左翼進歩連合)がポンと第1党に踊りでます。
 ヨーロッパで“反緊縮”とは、大幅な減税、最低賃金のUP、教育・福祉・医療に関わる人々の増強と手当の充実、環境対策を中心とした公共事業への財政出動を指しています。                    *以下。文中の敬称を略させていただきます。

バルファキス財務大臣 あなたのおっしゃることはもっともです

 日本製のバイクにまたがり革ジャンにスキンヘッドがトレードマークという、ちょっとやんちゃなヤニス・バルファキス(注2)は、2015年1月のギリシャ総選挙が始まるまでは大学で教鞭を執る経済学者でした。そんな研究者だった男がシリザの党首アレクシス・チプラス(注3)の経済政策ブレーンを務めていたことがきっかけで、わざわざアテネ地区から立候補、当選をはたしてシリザ政権の財務大臣に就任したのです。党首チプラス(42歳)は首相の就任。
縮!③バルファキス財相 ④チプラス首相  
(写真左はヤニス・バルファキス財務大臣、右はアレクシス・チプラス首相)

2015年2月11日、第1回ユーログループ会議。
 ユーロ史上初めて、トロイカが提示する緊縮策と財務再建案にNOを云うことを公約とした財務大臣が、ブリュッセルで開かれた会議室のテーブルに就きました。テーブルには19ヶ国の財務大臣、そしてIMF(国際通貨基金)の理事、欧州委員会とECB(欧州中央銀行)のトロイカの指導者たちが陣取っていました。
 この日からほぼ5ヶ月、ヤニス・バルファキス財務大臣はトロイカと闘い、借金監獄からギリシャ市民を救い出す任務を誠実に遂行します。
2015年2月20日、第2回ユーログループ会議。
 バルファキスは、2つの提案を掲げます。
ひとつ、ギリシャはすでに財政破綻をしていることを認め、大幅な債務免除に踏み切ること。ふたつ、その上で残った債務の返済開始をギリシャ経済が復調するまで猶予すること。この2つは死守したい提案であり要求でした。 
 この日、これまで累積した債務の返済期限を6月末までと4ヵ月先に延ばし、第3次の支援策(追い貸しという借金漬け)と緊縮策にNOを主張し続けます。
猶予は4ヵ月です。毎月開かれる会議の合間に首脳の面々と折衝を重ねます。個別に会う要人たちは、それぞれ知的で寛容な紳士淑女でした。
「バルファキスさんのおっしゃる通りです。ギリシャに更なる緊縮を押し付けて、しかも返済を急ぐのは酷です。ユーロ全体の理念に反します。」
⑤ラガルド
(写真は、IMFのクリスティ-ヌ・ラガルド理事、フランス人
 フランスのマクロン財相(現大統領)、ドイツのショイブレ財相、ラガルドIMF理事、誰もがバルファキスに同意します・・しますが、ユーログループのテーブルに就いた途端、巨大組織の一員となり「私たちの再建案に署名しなさい」と打って変ります。                              
 4ヵ月の間、バルファキスはさまざまな妥協案を示しました。鉄道、港湾などの公営事業を民営化しましょう。その代わり組合を残し株式の51%を国が保有するという条件で・・などなどです。
 思い切って、ギリシャは借金を踏み倒せないのでしょうか? 自国の通貨を持たないギリシャは中南米諸国のように外国の債務を踏み倒すことが難しいようです。国債をばんばん発行して政府が買い上げてお金をばら撒くという、緊急避難の一手を打つことも出来ません。蛇口はユーロだけ、蛇口を閉められると銀行はお手上げです。実際そうなりました。

裏切りは足元から這い上がる 負けるための国民投票

 返済期限の6月末が迫り、トロイカは最後通牒を突き付けてきました。連日メディアはEUとの妥協しかありえないと論陣を張り、バルファキス財務大臣はギリシャをユーロ離脱に導き、ギリシャを破滅させる極悪人だと論評しています。メディアもトロイカに飼いならされていたのです。
 バルファキスはあらゆる脅しに屈しません。ところが、追い詰められたチプラス首相はメルケル首相に言いくるめられて、第3次支援策を呑むという裏切りに走りました。シリザの閣僚たちはことごとく沈黙を選び、こぶしを振り上げいるのは財務大臣ただ独りとなりました。
⑥2015年5月27日ロイター通信から、
(2015年5月27日の報道写真。バルファキス財相とチプラス首相。この時すでにチプラスは裏切っていました。)
2015年6月26日、第8回ユーログループ会議の前日。
 チプラス首相は主な閣僚を集め、トロイカの支援策を受け入れるか、NOかの国民投票に踏み切ると宣言します。押し黙る閣僚たちの前でバルファキスはかっての盟友チプラスに声をかけます。
「国民投票を実施するのは、勝つためかい、負けるためかい?」と皮肉を込めた質問です。副大臣が代わりに答えました。
「わたしたちには、非常口が必要なのです」(注4)
国民が「受け入れる」に投票することを想定、それを受けてシリザ政権はトロイカの要求を呑むという“非常口”を作りたかったのです。すでに銀行も封鎖に追い込まれギリシャは死に体同然。当然国民はトロイカの支援策の受け入れを選択すると思われました。
7月5日、国民投票。その結果、市民はたった独りNOを云い続けるバルファキスを選んだのです。62%の投票率で、そのうち61%が支援策の受け入れにNOでした。借金漬けのギリシャより、たとえ国家が破綻したとしても尊厳ある市民であることを選択したのです。
7月13日、そんな市民の尊厳を踏みにじり、チプラス首相はトロイカの支援策を受け入れ、すべての責任をバルファキス財務大臣に転嫁して政権の生き残りを企てました(注5)。バルファキスは誰のことも糾弾することなく大臣の職を辞して政治の舞台を去りました。
 ギリシャの春はたった5ヶ月でその幕を閉じたのです。

 さて、ギリシャの水道民営化の話です。このギリシャの春の1年前、エーゲ海に面した人口50万人の港湾都市テッサロニキは、トロイカから水道公社の民営化を迫られていました。フランスの水メジャー・スエズ社が運営に乗り出そうとしていたのです。危機感を募らせたテッサロニキの住民は、水道民営化の是非を問う住民投票を実施。
⑦住民投票 215kb
(写真はテッサロニキの住民投票。ドキュメンタリー映画「最後の一滴まで」(注6)の画面)
 2014年5月18日、投票の結果は98%が民営化にNO。この圧倒的な声が民営化を阻止しました。
トロイカ陣営は諦めません。2017年9月、マクロン大統領がアテネにスエズ社のCEOはじめ企業人を多数引き連れて公式訪問、民営化がギリシャの財政難を救うとアピールを重ねます。マクロンを迎えたのはすでにトロイカに服従したチプラス首相でした。アテネとテッサロニキは今でも水道民営化の標的都市となっています。
 しかし、ギリシャにはたとえ国家が破綻してもトロイカの支援策にNOを投じた61%のしたたかな市民がいました。その市民は水道民営化にもNOを云い続けているのです。

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注1)この本:ヤニス・バルファキス著「父が娘に語る経済の話」関美和訳、2019年刊ダイヤモンド社。本書はヨーロッパ各国で翻訳されてベストセラーとなっている。

注2)アレクシス・チプラス:ツィプラスとも表記される。1974年ギリシャ生まれ。10代からギリシャ共産党の青年部で活動。アテネ大学を卒業後、2009年から急進左翼進歩連合の党首。

注3)ヤニス・バルファキス:1961年ギリシャ生まれ。英国の大学で数学を学び、ギリシャや米国などで経済学の研究。2006年からアテネ大学教授。財務大臣を辞任後アテネ大学教授に復職。常に市井の人々に寄り添う経済哲学者。自称は自由マルクス主義者。専門は経済学のゲーム理論。
大臣辞任6か月後の講演で、バルファキス教授が民主主義を語っています。(動画・字幕スーパーあり)
www.ted.com/talks/yanis_varoufakis_capitalism_will_eat_democracy_unless_we_speak_up/transcript

注4)非常口が必要なんです:ヤニス・バルファキス著「黒い匣(はこ)~密室の権力者たちが狂わせる世界の運命~」訳者は朴勝俊他5名、2019年刊明石書店。その第16章より引用。本書はバルファキスが財務大臣を辞して2年後に書き下ろしたギリシャ財務大臣5ヶ月間のルポルタージュ。2段組み584ページのぶ厚い本書は、トロイカという権力構造の解明と告発の書となっている。訳者の朴関西大学院教授によれば、日本の革新政党の野田政権が消費税UPを約束したという話に大変驚いたそうだ。「黒い匣(はこ)」とはトロイカの不気味な会議室の暗喩である。
⑧野田首相
注5)政権の生き残りを企てました:チプラス政権はトロイカの第3次支援策を受け入れた後に総辞職。再選されてチプラスは再び首相の座に着任。2019年7月7日の総選挙でシリザは敗北、翌日チプラスは首相を辞任。

注6)「最後の一滴まで」:副題は「ヨーロッパの隠された水戦争」。ギリシャのドキュメンタリー監督の作品。EU16ヶ国、13の都市を4年の歳月をかけてカメラを回し、水道民営化を迫るトロイカと民主主義を守る市民との攻防を丹念に描いている。

  
                            2019・10・20記



 
   

 
      

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東京都は水道水のほぼ60%を利根川水系・荒川水系に依存しています。
つまり、自給率はほぼ40%。こんな自給率で異常気象や大地震が引き起こす
災害に備えることが出来るのでしょか。
私たちは大変に危うい水行政の元で暮らしています。
これまで東京の河川・地下水の保全と有効利用をめざしてきた市民グループ、
首都圏のダム問題に取り組んできた市民グループらが結束して、
「東京の水連絡会」を設立しました。
私たちは身近な水源を大切にし、都民のための水行政を東京都に求めると同時に、
私たちの力でより良い改革を実践していきます。
東京の水環境を良くしようと考えている皆さま、私たちと共に歩み始めましょう。
2016年9月24日。        
                   
      

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