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球磨川氾濫・その8 ~ダムと土中環境~ 水のニュース別巻

土中環境の悪化が 球磨川氾濫を招いた 球磨川氾濫その8

去年(2020年)の年末、日本海側は37年ぶりという記録的な豪雪に見舞われました。大雪の原因は、日本海の海面水温が平年より1~2度高いため水蒸気が増えたためと言われています。
温暖化は気候の変動幅を極端化します。これからの日本列島、豪雨や豪雪に襲われることが多くなるのでしょう。
去年7月の球磨川流域を襲った線状降水帯による豪雨も温暖化がもたらした気象の極端化のひとつと思われます。
 
①A=12月18日産経ウエッブから  
②A=8月4日Nhkニュース映像 
(上は豪雪に襲われた関越道。12月18日産経ウエッブ。下は球磨村。8月4日のNHKニュース。市花保氏撮影)


前回の「球磨川氾濫・その7」で、この球磨川氾濫は支流からの氾濫であること、その支流の氾濫は山の問題であることを紹介しました。
もう一度、高知大学助教の森明香さんのリポートからです。
『流域の支流や沢筋を中心に、至るところで山の斜面の崩れが見られた。(中略) とりわけ油谷ダム・市房ダム・誓願寺ダムの上流部や山江村や旧坂本村で散見された高速道路等の橋脚付近、狭窄部での砂防ダムでの崩れが目立った。それはなぜだったのだろう。
悶々とする中で、考え方のヒントを与えてくれたのは、高田宏臣さんによる「土中環境」(注1)の視座であった。
彼らは、斜面の崩れの発生を、崩れることで地形を変えて安定しようとする自然の働きであるという原則に立ち、何が安定を損なわせているか、その要因を土の中の空気循環と水脈とに着目して把握・・』(くまがわ春秋11月号・土中環境から災害を考える・前編)

崩れることで地形を安定しようとする、この自然のバランスが山の異変を引き起こしている・・要因はダムや橋脚であるらしい。
この刺激的な視座を展開する「土中環境」とはいかなるものか。そのすべてを詳らかにすることは出来ませんが、ダムに関することに限って紹介してまいります。

土中環境となにか?

まずは土中環境のミクロな話からです。
みなさんご存知の通り豊かな土壌とは、握りしめるとスポンジのように縮み、
手のひらがひんやりと冷たく水分が残ります。劣化した土壌は乾いていて、握ると粉々に砕けます。
豊かな土壌が縮むのは、多孔質で水分と空気を沢山含んでいるからです。その水分と空気(酸素)は菌類やバクテリアなどの土中生物を育てます。
下の図を見てください。
③水と光合成物・61kB 
(このイラスト図と以下5点のイラスト図は書籍「土中環境」から借用) 
樹木は光合成した生成物を地中に送り、地中の水分は樹木の根から吸い上げられます。ただし、樹木に吸い上げられる水はほんの一部です。多孔質な土壌は毛細管現象で土中全体を潤します。
こうして、保水力・透水性・通気性の良い土壌は森を育て地中の生物の多様性を担保します。
さらに付け加えますと、ここでの土壌生成に重要な役割を果たすのが菌糸(菌類とバクテリアの集合体)です。
④菌糸69kb  
(糸状の黄色い線が土粒にからまる菌糸のイメージ図)
菌糸は土壌の空隙を保つための糊のような働きをし、土中の空間に毛細血管のように糸状に増殖します。そして有機物を土に還し、土壌中の養分、水、情報(注2)の伝達といった、大地全体の生命循環に欠かせない働きをしているのです。
               
ここまでは、樹木の根の周りからのイメージでしたが、この空気と水の循環は地中深くに伸びていきます。下の図をご覧ください。
⑤一本の木と水脈92kb 
これは森林の表層土壌に形成される水脈です。この水の流れに押し出されるように空気もこの水脈を運ばれます。この水脈を高田宏臣さんは「通気浸透水脈」と呼んでいます。
この通気浸透水脈は深部へと浸透するにつれ、太いパイプ状に集約されていき大地の血管を形作り、人が自然と呼ぶところの山河草木を育み守り、それは海へと繋がっているのです。下がそのイメージ図です。
  ⑥A=図谷・川・海107kb 
図の矢印のように、通気浸透水脈は水と空気と連動して地中深くに潜りこみ、再びまた地表に湧き出て、いのちの循環ネットワークを構築しています。そして、渓谷から海までの健全な大地のバランスを担っているのです。

ダムが遮断する いのちの水脈ネットワーク

ここまでくれば、ダムなどの人工構造物が通気浸透水脈に与える影響を容易に
想像できると思います。
では実際に、どのようなことが起きるのでしょう。
高田宏臣さんは治山ダム・砂防ダム(注3)について多くの実例を引いて説明をしていますが、その概要を簡単に紹介します。
下のイラストは健全な谷川のイメージ図です。
⑦A-健全な谷川図 87kb  
表層の渓流の地下はこのように、私たちの想像をはるかに超える水量(伏流水)が流れています。その流れは、ネットワークを広げ、地中の生物をはぐくみ、土壌を涵養して渓谷全体の安定をはかっているのです。

ところが!
下の図の様に、
⑧Aーダムのある渓谷85kb 
 砂防ダムなどが設置されると、ダムは地中に圧をかけて伏流水を遮断します。遮断された通気浸透水脈のネットワークは、そこから減退を始めます。
圧をかけられて出口を失った水脈は停滞して、上の図のように、地中への浸透ができなくなります。
やがて水と空気を失った土中の生物は活性を失い、多孔質な土壌は乾いた脆い土壌に劣化していきます。
そこから負の連鎖が始まります
周辺の樹木を支えていた土壌は乾いて保水力を失います。雨は浸透せずに表層を駆け下り、削りとった土砂を渓谷に流し込みます。
土砂はダム上流に滞留。更なる圧を加えます。渓流の川底は土砂に塞がれて、地下への浸透を阻まれて、渓谷の水は河床上部だけを流れ下ることになります。
こうして、周辺の樹木は深い根を必要とする高木から枯れはじめてやぶ化。大雨が降ると、まっ茶色な濁流に襲われる危険な渓谷に変わりはてるのです。

そして豪雨!
失われた土中環境をとり戻すかのように、激流は川底をえぐり、がけ崩れを引き起こし、土石流はコンクリート建造物のダム堰堤を一気に押し流そうとします。多くの場合、強固なダム堰堤は残りますが、その周辺の地形が一変することになります。
渓谷沿いの山肌はえぐられて無惨な姿になりますが、こうして自然は目詰まりを起こした水と空気の循環を取り戻そうとするのです。
このことを高田宏臣さんは、
「土石流の現象は流域全体における通気浸透水脈の停滞がおこることで、それを解消しようとする、自然の作用と言えるでのではないでしょか」と書かれています。
これが冒頭で紹介した、
斜面の崩れは、崩れることで地形を変えて安定しようとする自然の働きであるということの意味です。
このように山の異変は、自然のバランスを取り戻すための働きでもあるのです。
このような自然の法則は計量化・数値化ができません。数値化できないことは合理性に欠けると明治以降、わたしたちは多くを捨象してきました。捨象することが近代を超克することと信じてきましたが、はたして正しかったのでしょか。
日本は古来、この自然の法則に寄り添って治山・治水をしてきたと高田さんは多くの例を引いて実証しています。
  
⑨A-高田さん。 
高田さんは、「土中環境」の前書きで、2011年の震災以降、これまで積み重ねてきた造園・土木実務を見直し、傷んだ自然環境の再生に取り組んできたことに触れた後で、
「また、毎年とめどなく広域化する風水害の被災地や土砂災害地に足を運び、周辺環境から災害発生を調べてまいりました。(中略)この本は日本人が長い営みの中で培ってきたかつての自然認識や造作、土や水への認識とその基にあるものの理解への一助になればとの願いを込めて、書かせていただきました」と記しています。
今回、紹介したのは「土中環境」のほんの一端です。本書を手に取り高田さんの深い知見に接していただきたいと思います。

なお、川辺川ダムが流水型(あな空きダム)なら環境に優しいなどとは、ナンセンスな話です。大地に膨大な圧力をかける巨大ダムが、周辺環境になにをもたらすかは明らかでしょう。

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注1) 土中環境: 「土中環境~忘れられた共生のまなざし、甦る古の技~」
高田宏臣著。2020年建築資料研究社刊。著者の高田さんは東京農工大学卒。2007年より高田造園設計事務所を設立、行政や民間団体の依頼で環境調査は計画提案や技術指導などにあたっている。
上のプロフィル画像は本の表紙カバーから。
⑩土中環境302kb 
注2) 情報: 植物は知性を持つことが近年の研究で解明。樹木の間で情報を交換しているそうです。例えば、母木は子供の木に優先的に養分を送ることなどが知られています。
注3) 砂防ダム・治山ダム:国内に数十万基あると言われるが、正確な数は不明。列島の山河は堰堤で満身創痍です。なおダムとは堤高が15m以上のものを差すが、ここでは堰堤すべてのこと。

2021・1・30記 (文責 山本喜浩)

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Tokyo no Mizu

Author:Tokyo no Mizu
プロフィル

東京都は水道水のほぼ60%を利根川水系・荒川水系に依存しています。
つまり、自給率はほぼ40%。こんな自給率で異常気象や大地震が引き起こす
災害に備えることが出来るのでしょか。
私たちは大変に危うい水行政の元で暮らしています。
これまで東京の河川・地下水の保全と有効利用をめざしてきた市民グループ、
首都圏のダム問題に取り組んできた市民グループらが結束して、
「東京の水連絡会」を設立しました。
私たちは身近な水源を大切にし、都民のための水行政を東京都に求めると同時に、
私たちの力でより良い改革を実践していきます。
東京の水環境を良くしようと考えている皆さま、私たちと共に歩み始めましょう。
2016年9月24日。        
                   
      

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